黙夫の詩の菜園 言葉の収穫

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異世界転生

ある日僕は悟ってしまった
これまで‘現実’だと思っていたこの世界が
実は“異世界”だったのだ、と
僕はどこか別の世界から
この罪深き邪悪な世界に
‘転生’されてきたのだ、と
前々からおかしいとは思っていたんだ
なぜこの世界はこんなにも
文明レベルが低いのか?
なぜこの世界には苦しみや悲しみが
かくも多く存在しているのか?
ほとんどの人間が働いている
まずそのことが驚愕きょうがく
人間が‘労働’から解放されていない…
どれだけ遅れた文明なのだろう!
この世界の住人は皆
不安や悲しみや苦しみを抱えている
‘そんなもの’がいまだに存在するなんて
おかしいではないか
惑星の表面がいまだに‘国境’で
区切られているし
人々はいつまでも‘資本主義’という宗教を
信仰している
なぜ僕はいままで気づかなかったのか
僕の人生がこんなにも辛くて苦しくて
みじめなものであったのは
それがここが‘現実’だったからではない
ここが“異世界”だったからなのだ
‘ほんとうの’現実世界は
これほどまでに厳しくはないだろう
人々は働かなくていいはずだし
考えられるありとあらゆる人生上の辛苦しんく
とうに技術的に解決されているはずなのだ
僕はおそらく‘異世界転生装置’を使って
この遅れた文明世界へやって来たのに
違いない
それも人生‘ハードモード’を選択して
しまったのに違いない
だから僕には何の‘チート’能力もなく
それどころか‘ふつうの’人々が
当たり前に持っているはずのスキルが
僕には欠損してしまっているのだ
問題なのは自分の意志で
その‘転生’をしたのかどうかだ
もし自分の意志でやったのだとしたら
僕はなんて愚かな行動をしたのだろう…
とんでもないマゾヒストだ!
早くこの“異世界”から脱出したい
しかしどうやって脱出できるというのだ?
その方法がわからない
ひょっとしたら‘死’によって
脱出できるのかもしれない
だとしたら自殺すればあるいは…
いや待て
自殺すればこの人生ゲームを終えられる
と考えるのは早計だろう
第一その確証がない
それにもしこの世界が
ゲームのようなものだとしても
自殺という選択は‘BAD END’に
つながる恐れがある
‘BAD END’になったら再び
このハードな世界を
生き直さなければならないかもしれない
それは嫌だ
もしかしたら‘TRUE END’に到達するまで
この世界から脱出することは
出来ないかもしれない
だとしたら安易に自殺する行為は
避けた方がいいだろう
なんたってこの世界には
‘セーブ’や‘ロード’の機能が
ないように思われる
いざとなればセーブしたところから
やり直しなどという甘っちょろいことが
許されないような世界なのだ
少なくとも僕にはそう思われるし
ロードし直して時間が巻き戻った
などという話をこの世界では
聞いたことがない
だとしたらもうやることは限られている
それはこの異世界を‘攻略’することだ
この世界を‘クリア’して終えることだ
この世界がどういう世界観で
‘設計’されているのかは
本やインターネットをあされば
だいたいのところはつかめるだろう
あとは何をもってこの世界を
‘攻略’したと言えるのか
何をすれば‘TRUE END’に行くことが
できるのか
それがわかればいい
それは本やインターネットには
書かれていないかもしれない
だけど手がかりはきっとどこかにある
どんなゲーム世界にだって
‘攻略’のためのヒントがきちんと
用意されているはずなのだから
僕が人生に絶望してしまったのも
おそらく最初から仕組まれていたことだ
だってそうだろう?
最初から最後までずっと平穏で
恵まれていたのでは
それはゲームにならないのだから
人生上に立ちはだかる苦難や絶望は
異世界転生者に与えられた‘試練’だ
これは乗り越えなければならない
辛いけど何とかして
乗り越えなければならない──


 * * *


僕は悟った
この世界が“異世界”であると
ほんとうの‘現実’はこの世界を
‘クリア’した先にあるのだと
だから生きようと思う
絶望したけど生きようと思う
‘攻略’の手がかりを探し求めて
この異世界を探索しようと思う
それが人生の意味
生きる意味──