黙夫の詩の菜園 言葉の収穫

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孤島の少年

絶海の孤島に住む、一人の少年
少年の他にこの島に住む者はいない
ひとりぼっちの島暮らし


周囲は断崖絶壁に囲まれ、海ははるか下に広がる
ゆえに、この島から出ることは不可能だ
鳥のように飛んでいけるのなら、話は別だが…


島は狭く、一時間も歩けば一周できる
地面は芝生に覆われ、裸足でも歩きやすい
寝転がるのにも丁度いい


島の中央にわずかばかりの樹木が生える
そこには昆虫たちが集まる
ときおり雨が降った時は、その木々の下で雨をよける


この島には「ヒトツメバナ」が至る所に生えている
そして、それがこの島のすべてだ
他には、何もない


ヒトツメバナとは、一つ目花だ
チューリップのような植物だが、花の代わりに《目》が咲いている
茎の先に一つの目玉が付いた花、それがヒトツメバナ


目玉のまわりには、黒や紫やこげ茶色の花弁が取り巻く
日中は花弁が開いて、中の目玉がむき出しになる
そしてなぜかは知らないが、その目は常に少年の方を向いている


少年は毎日、この目に見つめられながら暮らしている
島のあちこちに群生するヒトツメバナ
その無数の目が常に少年の方を見ている


その目は何を訴えているのか?
少年を捕捉しようと狙っているのか?
何らかの意思を伝えようとしているのか?
それとも何の意味もなくただ見つめているだけなのか?


少年は初め、この視線を不気味に感じ、恐怖におののいた
しかし、この目玉たちはただ自分の方を見るばかりで、それ以外は何もしない
やがて少年にとって、この目玉の視線は日常へと溶け込み、何も感じなくなった


少年はときおり島に飛来する鳥を、矢で撃ち落として食料にしている
鳥が捕獲できない時は、仕方なく昆虫を食べる
釣りをして魚を得ようにも、周囲の崖はあまりにも高く切り立っていて無理だった


少年は日がな一日、芝生の上でごろごろして過ごす
他にすることがないからだ
その間も、周囲に咲き乱れるヒトツメバナの群れは、じっと少年を見つめている


夕暮れになると、少年は遥か彼方かなたに見える大陸を眺める
日が沈むにつれ、あかねから濃紺へとゆったりと移ろう空模様が、視界いっぱいに映る
残照ざんしょうの余韻が過ぎた後は、月明かりとともに海岸線上にぽつぽつと明かりがともる


少年はこの景色を見るのが好きであった
夜が訪れると、ヒトツメバナの花弁も閉じて、目玉の視線から解放される
そして波の音と虫の音を背景に、静かな時間を過ごす


そんなふうにして春が過ぎ、夏が終わり、秋が去っていった
そして冬が訪れる──
寒く、凍てつく夜のとばりをもたらす冬が


少年にとって冬の訪れは絶望的であった
草木は枯れ、昆虫は死に絶え、鳥も滅多に来なくなった
激しい飢えと寒さに、少年の命は風前のともしびであった


ついに少年の息は絶える
それまでずっと少年を見つめていたヒトツメバナが一斉に空を見上げる
その目には涙がこぼれていた


一つ、また一つと、ヒトツメバナの目が枯れ落ちて、地面に転がる
転がった目は、形を失い、水泡すいほうとなって雪と混ざる
ヒトツメバナの群生は、次々と枯れていき、
やがて島から消えた──


  * * *


新しい春がやってきて、たおやかな陽気が島を包み込む
草木は再び生い茂り、ヒトツメバナもまた咲き始める
カモメの親子が、島の上空にゆるやかな弧を描いて飛び去っていく


黒や紫やこげ茶色の中に一輪だけ、黄金の花弁をもつヒトツメバナが咲く
その目から人間の顔が形成され、そして首から胴体が生える
それは人間の子どもの姿となる


こうしてまた新たな《少年》が生まれ、少年の孤島暮らしが再び始まる