黙夫の詩の菜園 言葉の収穫

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シミュラークル

鏡よ鏡
世界で一番美しいのはだあれ?
それは他の誰でもない
誰でもない
あなたが一番美しい
とでも言ってほしいのか?
後ろにも鏡を立てなされ
鏡に映るあなたを映すその鏡を
そっとのぞいてみてごらん
鏡に映るあなたを映す
その鏡の中のあなたが映り
そのあなたが映る鏡を映す
そのまたあなたを映す鏡……
左右にも鏡を立てましょう
四方八方あなたが映り
映るあなたを鏡が映す
無限反射のあなたが映る
どれがホントのあなたでしょう?
オリジナルなどありはしない
あなたの見た目、あなたの思考
あなたの感情、あなたの望み
すべては反射のおりの中
誰かのコピーでしかない
欲しいものを欲する私
語られたものを語る私
期待に期待する私
演じられたように演じる私
鏡の中の私たちを
覗いた先には何もなし
鏡を見るのをやめてしまえば
不適合者の出来上がり
鏡を殴ってヒビを入れても
私の数が増えるだけ
どこまで行けども
反射の網の目
鏡の檻から出られない
鏡よ鏡
世界で一番美しいのはだあれ?
などと問うのはもうやめだ
私に固有のものなんて
何ひとつとしてありはしない
鏡よ鏡
鏡よ鏡
鏡よ鏡……

器官

存在には意味が刻まれる
意味は世界の隙間を埋める
世界は細胞
分裂と死を反芻はんすうする者
分かたれることで間隙かんげきが生じ
存在は存在を自覚する
しかしすぐさま意味に覆われ
存在の膜をつかさど
繰り返される分裂の
きめ細かさが構造を呼び
全体は一つの器官となり
意味の網の目に覆われる
機能に支配されし器官
意味なき細胞へガンの刻印
細胞死アポトーシスへと駆り立てる
隙間を怖れ存在を敵視
狭間はざまのない正義の掲揚けいよう
秩序の裏面に存在の忘却
存在は罪、存在は悪
存在することは許されざること
生命力の‘ちから’への意志
──存在は罪、存在は悪、なのか?
存在の叫喚きょうかんは聴こえない
隙間なき器官に声はれない
存在抹殺の自浄じじょう機関
りて在るものはどこへやら
神は死んだ?
いや、殺された
神をも超えた‘せい’の権力
存在を生きることの不可能性
意味に操られし人形たちの
喜劇-悲劇が今日も始まる

醒めない夢

人生はめない夢
という仮説が降りてきた
私は夢の中を生きている
私の生きる世界は夢である
現実だと思っているものは
夢である
醒めない夢である
──認識の革命だ!
これは夢だと気づいたとしても
醒めることのない
死ぬまで醒めることのない
一生見続ける夢
だとしたら
ベッドの中で眠りにくとき
見るあの‘夢’は何なのか?
──それが本当の‘現実’だ!
‘夢’は多様で不安定
見るたび変わる状況、環境
さまざまな者になりる私
だがそれこそが本当の‘私’
ホンモノの‘セカイ’
眠ることは目醒めること
幻想からのログアウト
──現実は仮想だ!
だがそれでも私は私
他の誰でもない一人の私
ひとつの自我、ひとつの身体
皆がそう信じてる
私の生きる世界の宗教
根深く侵食する教理
精神上のセントラル・ドグマ
──世界最強のイデオロギー
‘夢’の中こそ真の‘私’
あらゆる‘私’
誰かの‘私’
可能世界をまたがる‘私’
‘私’は偏在
‘私’は多様
いつまでひとつの自我を信じる?
──ホントのワタシは万華鏡!
私の夢は醒めやらぬ
夢だと気づき、なおも見る
夢の国のテーマパーク
一生出られぬ夢の国
どうせ醒めない夢ならば
命の行進パレードどこまでも
果てまで踊り、狂おうか
──醒めない夢の、醒めた‘私’

白紙

白紙っていいな
白紙って素晴らしい
これから何でも描けるのだから
どんなデザインにもなりうるのだから


白紙には余白がいっぱいある
余白には夢がある
希望がある
可能性がある


でも、僕はもう駄目だ
僕はもう白紙じゃない
いろいろなものが書き込まれている
雑多な線が入り乱れている


ひとつの完成に向かって
初めからきちんと描き込まれていたなら…
自分が何かの‘作品’であれば良かった
でも、僕はもう駄目だ


僕の用紙はもうぐちゃぐちゃ
無意味なメモに、未完の落書き
消せなくなった汚い消し跡
余白なんてほとんどない


僕はもう‘作品’にはなれない
落書きだって芸術だ
などと言い張っても良いのだが
それをするだけの厚顔こうがんさはない


僕にはもう価値はないのだ
白紙の頃に戻りたい…
白紙っていいな
白紙って素晴らしい

シュレディンガーの神

右を向くと同時に左を向く
表が出ると同時に裏が出る
生きていると同時に死んでいる


なぜそれが出来ないのか?
なぜどちらか一方なのか?
なぜ片方しか選ばせないのか?


量子の世界では当たり前
だが我々には不可能だ
シュレディンガーの猫が死ぬ


おかげで世界は分岐する
世界線は枝分かれる
宇宙は世界樹へ成長する


可能世界の無限マンダラ
止まらない宇宙の細胞分裂
マルチバースの生命体


もしやそれが“神”なのか?
神はサイコロを振らないのでなく
神はサイコロそのものなのか?


ならば我々は神の一部だ
この宇宙はひとつの細胞
星々や生命はその小器官オルガネラ


人は神の似姿にすがたではなく
生命そのものが神の似姿
神を成すシステムのコピー


神が生きたシステムならば
世界そのものは成長する
もしくは老衰していくだろう


我々は所詮しょせん、細胞の一部
あまりにささいな存在だ
と、ニヒリズムへとちてゆくか?


あるいは神の一部として
生きられることをよろこぶべきか?
サイコロを振るのはあなたの意志