黙夫の詩の菜園 言葉の収穫

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あの僕

人生は選択の連続
であるからには日々は
何かを選び
代わりに何かを諦め
諦めた方の先に何があったのか
それは“この僕”には
知るよしもなく
僕はまた今日の選択をして
分岐点で“僕”が分裂する
“この僕”が選ばなかった道は
“あの僕”が行き
“あの僕”は“この僕”と
永遠にそこで別れ
それぞれの人生を歩んでく
“あの僕”はあの後どうなったのか
“あの僕”は今ごろ何をしているのか
分岐した世界は交わることなく
どこまでも無限に枝分かれし
そうして無数の“僕”が分裂して
無数の“僕”の人生が生じる
しかし僕は“この僕”でしかなく
“あの僕”ではあり得ない
無数の僕の中の“どれかの僕”は
きっと何かで成功して
充実した人生を送っていることだろう
だけどもそれは“あの僕”の人生であって
“この僕”の人生ではない
みじめな日々に辟易へきえきする“この僕”とは
入れ替えることはできないのだ
同じ“僕”なのに……
だから僕は“僕”に向けて手紙を書く
届かぬ愚痴をしたためて
“この僕”の後悔を知らせるために──
人生は選択の連続
であるからには日々は
選択を迫られ
今日も僕は分裂する

宵の失調

月の光が僕をむしば
夜は危険だ
僕をRealリアルつなぎ止める
の光が彼岸へ落ちる
日没は僕を置き去りにする


さっきまでの僕は何だ?
昨日までの僕は誰だ?
自分の存在が嘘になる
過去の自分が他人に変わり
他人の自分が“僕”になる


記憶の“僕”は不確かで
何かの本で読んだことか
何かの映像で観たことか
それとも実際の体験なのか
その境が曖昧だ


──物語の登場人物
自分がまるでそうみたい
ポカンと空いた自己意識
他人の記憶で隙間すきまを埋める
つぎはぎだらけの“僕”の存在


月の光が不安にさせる
夜のとばりが引きがす
僕の仮面を
僕の中の黒い衝動
皮をかれて露出する


それは悪魔か、怪物か
邪淫じゃいんに満ちた魔のリビドーが
人格ペルソナの陰茎をもたげさせる
満願まんがんの呪いに僕はおかされ
存在が実存に取って代わる


本当の僕は何者か
理想の自分とRealの自分
彼我ひがの落差に苦悩する
だが理想とは誰の理想か?
周囲の期待の集積か?


真に自分が望む“自分”を
求めることは罪なのか?
だがもし、“怪物”になることが
自分の望み…だとしたら?
──破滅と成就の二律背反


嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
“僕”を奪うのは誰なのか?
“僕”を引き裂くのは何なのか?
仮面の僕が“僕”なのか?
怪物の僕が“僕”なのか?


どんな証拠を持ってこようと
どんな推論、重ねようと
“僕”の存在は証明できない
ただ暖かい陽の光だけが
確かな生を実感させる


月の光が僕を切り裂く
吐き気が内から込み上げる
自分の実感、ないことが
気持ち悪い
よいの失調

森の中

暗き森の陰気なさざめき
獣の咆哮ほうこう、闇を突く
瘴気しょうきに当てられ、小鳥はむせ
野花のばなは影でほくそ笑む
月光にえるは、放浪の魂
泣訴きゅうその鼻声、不協和に沈む
凶逆きょうぎゃくの眼光、周囲を哨戒しょうかい
腐肉を求めてぎ回る
ひとり彷徨さまよう、我が半身
森の果実は何処どこへやら
腐敗の一途いっとを、ひた歩き
よいの夢喰い、明けを待つ
森のかほりに酔いしれて
凍えるハートくさび打ち
反吐へど香油こうゆで身を清め
ぶらりんぶらりん、ひた歩く

ぼくの箱庭

あなたの存在がぼくを苦しめる
あなたの振る舞いがぼくを惑わせる


ぼくの箱庭は平穏そのものだった
柔らかい芝生に小川のせせらぎ
やさしい木陰に小鳥のさえずり


ぼくはそれで十分だった
穏やかな自然に囲まれて
つつましく生きていればそれでよかった


しかし、あなたがやってきた
唐突にぼくの箱庭に迷い込んだ


ひと目見た時から
あなたのその美しさに、可愛らしい歌声に
ぼくの心はとらわれた


以来、ぼくの目は衰えた
澄んだ青空も瑞々みずみずしい若葉のみどりも
新鮮な感動を与えなくなった


ぼくの耳も衰えた
小川のせせらぎも小鳥のさえずりも
ただのノイズにしか聞こえない


あなたの笑顔を見ることでしか
ぼくの目はよろこばない
あなたの歌声を聴くことでしか
ぼくの耳は満たされない


穏やかな自然が
ひどくつまらないものに感じる
ぼくの箱庭に欠乏が生まれる


あなたのせいだ
あなたがぼくの箱庭に
足を踏み入れなければよかったのに


あなたの存在は罪だ
罰としてあなたを永遠に
ぼくの箱庭の中に閉じ込めておきたい


だけどもそれは出来ぬ相談だ
ぼくは無力だ
あなたの存在の前にぼくは無力だ
あなたを留めておくことなど出来ない


ぼくの箱庭はもうおしまいだ
あなたが足を踏み入れた時点で
もう終わってしまったのだ


さようならぼくの箱庭
これからぼくはこの箱庭を燃やします

列車

列車が走る
ビルをって、田畑をかき分け
どこまでもどこまでも……
川を越え、丘を穿うが
越境してそらを横断する
線路は果てしない
いく千もの駅を経て
もはや人の乗り降りもなくなり
それでも列車はひた走る
幾万もの無人駅を各駅で停まり
風を乗せて次の駅へ……
車窓から見える風景には
もう山も川もビルもなく
星や虹や幽霊や
4次元の音楽を無理矢理3次元に
押し込めたような
よくわからない紋様もんようが広がる
やがて列車は終点ターミナル
「お降りの際はお忘れ物のないようご注意ください」
骸骨の車掌が案内する
駅に着くと
そそくさと闇の群れどもが降りていく
そして駅で待っていた光の群衆が
今度はいそいそと列車に乗り込む
扉が閉まり、列車は再び走り出す
ガタンゴトンと揺れながら
今来た道を逆方向に
光を乗せて走ってく
長い長い列車の旅がまた始まる